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ワタシタワゴト日々ノコト
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最近ずっと、ついさっきまで頭の中がずっと騒がしくてうるさかった。
ずっとどっかに噴射して真っ赤っ赤な気持ちだった。
世界の美しさなんて嘘っぱちに見えていた。

それがついさっき、とても静かで穏やかになった。森の中の静かな湖の水面のようだ。
不思議だな。
矢野顕子さんのごはんの歌に心が震えた。すごいな。
なんか、泣きたいくらい美しい世界にもっと出会いたい。

なにかとらわれていたよう。とらわれていたというよりも、それも私自身で。けれども全くの別人のようで。

私はどっかこんな自分をわざとつくってるだけなんじゃないかとも思ってしまう。けどうるさいのは本当で。キレイな純粋なものを追い求めることも、できないし。
太宰治の小説に、そういう醜さを持ってしまった自分への絶望感と、持っていることへの選ばれた者であるという気持ちがなんとかかんとか、て書いてあった。太宰さん、うまく言えずにすいませんが・・・。なんか私はどっかで、ものづくりをする人は負をかかえていなければいけないと思ってるのだろうか?たしかに負は大切だ。そこから生まれるものはたくさんあると思う。けどそれにしばられているような気もする。それとも自然と出ているだけ?何をかしこぶろうとしてんだろ?変なとこにとらわれているような自分がかっこわるく見える。料理もできないのにね。もっと頭よりも体で生きていかなきゃだめだ。ほんとに生きれてない。
本当に波がはげしい。うちの思考回路はショート寸前!イェイ!!
そういう私の地に足のつかない、ふらふらとして、振り回されっぱなしのもどかしいような、単純すぎる心も、私の日常の中の遊びにしたい。





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アールブリュット、行ってきました。
生命のアート。
 
私が今まで見た展覧会の中で一番と言っても過言じゃないくらいすごく良かった!
ほんと好きです。
世界を構築していくのに迷いがないんだなぁ。私に足りないものがいっぱいあった。
この人たちの頭はいつも騒がしくて、生きることと、描くこと、造ることは同じなんだな。
 
いろいろチンプンカンプンです。イメージで追わないと。
ほんとくそ真面目にやってんだろなー。と尊敬して、かしこそうに見えるのにバカっぽい。けどほんま真剣なんだよね、天才と変人は紙一重だと再確認した。
 
私は克服したいことが山積みだ。求めるものが山積みだ。だからこのアールブリュットは私に必要だ。
彼らは世界と接するところに偽りなく自分を吐き出してる。私にはうるさく見える作品も、本当は彼らの作業は整理整頓するような静かな作業なのかもしれない。答えはないけど、人間の姿を教えてくれる。
病んでるなぁ、いっちゃってるなぁ、けどまずはそういう自分を受け入れることを私はしたいな。
特に感じるのは自分の欲望に貪欲で素直なところ。性的なものがストレートで、ほんま真面目で、私の中のいやらしさとか笑ってくれる。
頭かたいなぁ自分は。いやはや
そういうことなんだろな。

良い刺激をもらった!
『TOKYO』
1。自分には何があるだろ、残るだろう、意味のあることを求める。同じだな。
椅子になる。頭良いなぁ!一安心。
人が人じゃなくなっていくのがヘンテコで衝撃的だった。絶望的だー私はリアルに絶望した。(絶望って変な言葉)
イスでいいの?「イイっス」穏やか
けど私はずっとそこにいられないだろうな。

2。私は反日映画にしか見えなくなった。アホらしい日常を皮肉ってる。
怪人は日常を破壊しまくる。私も破壊しまくりたい。反面、日常は尊くて痛む。
なんだろ、このバカらしさは?笑けるし悔しいし
どっか形のつかめない穴が開いてスースーする感じだ。

3。ひきこもり。一人の世界は完璧。それが誰かが入ってくると崩れ落ちる。
今思うと、私のつくるものと似てる形をしてる。これは私だなぁ。
いつもはじまりは自分の部屋からはじまる。
映像がキレイで見とれた。恋と地震と勇気!いけいけ~
最後はねらってるのか、真面目なのかどっちだろ?
それかーい!と突っ込まざるを得ない。

一言でまとめられない映画たち。         



『闇の子供たち』
構えていった。
生きたまま臓器売買される子供たち。重い。痛い。
メッセージ性が図太い。私には何ができるか?と思いながら観ていた。
子供たちが救いのない暴力を受けていて、世界でこんなにも痛々しいことが起こっているのかと思った。
暴力的なシーンがリアルで、この撮影に関わっている子供たちの心が気になった。

けどストレートに入ってきにくかった。構えすぎたのか薄情なせいか、なんというか、とても振り回されてしまった。つくりもののところ、周りの演出が派手でそこがチラチラ気になってしまった。実際とかけへなれているだろうところがあったので、どこまでが事実なのか?これは社会的映画なのか、娯楽なのか。けれど実際に世界はこんなにもショックな出来事がたくさんあるんだろう。
劇的な映像作品というよりもっと事実に基づいたドキュメンタリーとして見たかったかな。
知ることはできたけど、何か行動するところまでなれないし、できない。無力なのか薄情なのか。
 
日本では何で大人は良いのに子供の臓器移植はダメなんだろ?15歳以下の子供たちは遺言の権利が法律で許されていない、というのが理由らしい。こんなにも技術が発展している日本で海外に移植を求めなくてはいけない事実。
子供の心臓補助器具はできないのかな?

ここで無力さをなげくことは甘えだろう。
何かを知るということ、何かを叫ぶことは自分にかかってくるものがある。
現実から逃げたくなる。

 
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年齢:
38
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女性
誕生日:
1987/02/18
自己紹介:
変人になりたい。
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